Miku Nagano 永野未来 ブログ(公式)
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絵画制作しています。推薦環境はPC。I am making paintings. Recommended environment is PC.

色彩の復習

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色彩検定の勉強が全然点数上がらなくて凹んでいたところですが、二回目問題を繰り返すことによって勉強のハードルは減ったような気がします。
途中で文章で書かれている問題に関して想像力の足りなさに気が付き、色の復習と一級範囲の理解を含めるために図を描いたりしてました。
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復習もしてます。これが三級の範囲ですね。対比のことについての色の勉強が多かったんだなと。
あと対比する色は見難いこともあるので、そのためのセパレーション方法などですね。
三級は簡単に取れたように思ってましたが、三級も割と難しかったんだな。

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これは二級の問題です。対比は対比なんですが、どの色の組み合わせが理想的なのか、色相環によって理論的に構成されています。二級受かってから6年ぐらいブランクあるのでちょっと忘れていたところもあって復習中。

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これが一級問題です。減法混色以外にも加法混色も出てきて難しく感じます。
さらには表式系を別の表式系で数字に変換するというもっと理論的な問題が出されて、やっぱ一級となるとハードルが高いなと悩みっぱなし。発見した人物名も色彩理論者(海外の美術家、デザイナー、心理学者が多い)の法則も問題で出てきて全部混同しそうです。

これが一級一次試験の問題ですね。今はそちらを一生懸命勉強してます。正直受かるかどうかよりも今年は来年良い絵が描けるようになるため勉強勉強。
今日やっと一級二次対策の本がネット注文できてよかったです。後は申し込みするだけ。

今まで色んな人と関わって文句も言われてきて凹んでいましたが、今は昔の自分に打ち勝てるかが問いのように感じます。

田舎での展示や人生

Posted by Miku Nagano 永野未来 on   0 

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最初の個展でお世話になった早明浦病院とは別に休憩室ができたようで、その「ふれあい広場」というところに絵を展示できないかという依頼があって、とりあえず二点展示致しました。
もっと展示できるスペースがあったのでもっと持ってきたら良かったかなと思いましたが、
今枚数が減っているのでまた機会がありましたら…。
お客さんが来た時に感想文も送りますと仰っていて、本当に律儀な方だと思いました。
何せオーナーさんが仕事の経験が豊富なので、PCでの打ち込みが早かったです。
お客さんが癒える場のお役に立てられたら嬉しいです。

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祖母の店(母の店に代わりつつありますが)の展示もひとまずと言ったところ。
二枚だけ祖父の気に入っていた商品のポスターを残してほしいということで、そちらも配慮して展示するとこんな感じに。
一枚女の人のポスターがあるところ以外は自分の絵に。
あと壁側が寂しそうだったので、今年TOSA・美術アカデミー展で展示した絵を二点展示。
本当はキチンと幅を測ってキチンと展示したらよかったのですが、実家みたいなものなので好きなように並べました。

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こちらは浪人時代の絵なので恥ずかしいところもありますが、母が気に入っているのでいつの間にか出されていました。
高知市展で初めて北海道の北見市交流で北海道にも行った絵なので、自分の絵の中では実力のある絵(?)なんだと思いますが、自分にとってはあどけないような、今の自分の原点に近いような、何とも言えない作品。
この場所、廃虚に偶然行ってしまって、廃虚のトイレの部屋を描いた絵なのですが…そのような場所でも絵にしようと思えたらできるんですね。
今の自分とは感性が違っていて驚きます。

とりあえず、両方の場所に良いことがあったらいいな。

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叔父が脳出血の状態のようで、母方の叔母が介護状態で戸惑っていたようなので絵と一緒にお手紙を出しました。
私は介護となると父方の祖母が亡くなった祖父に一生懸命病院から荷物を持ち帰りしたり、話しかけていたり手をさすっていたりしていたことが印象的で、そんな話もしてみると、叔母も少し元気そうになったのでほっとしました。
私はまだそんな状態に直面したことすらないので自分が見た状態でしか物は言えませんが、あの頃の祖母の尽くし方は凛としたものを感じたものです。元気な状態の方まで立ち直れなくなるほど落ち込んでいてはどうにもならないのだなということをあの頃学んだ気がします。
お互い何を頑張るかは違うのですが、電話越しで励ましあいました。

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あと、お世話になっている写真家さんの岩崎勇さんから、岩崎さんの兄の画家、片木太郎先生の没後20年の本を頂きました。
絵は拝見したことはあるのですが、片木先生の文章から画家としての性格や考えていることが分かって良かったですし、その兄の画家としての生き方を残さなければならないと使命を果たした岩崎さんの情熱にも感動しました。
ただ予備校時代の先生の先輩の方にもあたる画家さんなので、自分がもうちょっと大人になってから読み直した方が良いと思って、大切に保管します。

人って色々だなと今頃思うようになりますが、どういう人生であれ、人生一度キリなので、悔いが残らない人生になれたらと感じるこの頃です。

おもてなしの心とは

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これまた絵の話ではないんですが…。
ちょっとネットで舞妓さんになる方の話や悩みを聞いていました。
舞妓さんは京都で見たことあるので(とても印象的な美しさでしたよ)、どうやったらなるんだろうと検索かけていました。
舞妓さんになる方の決意は固いものです。

舞妓さんは中学卒業後から大人になるまでは「舞妓さん」として修業して、
そのあと「芸者さん」になるようですね。
言わば、芸者さんになるための修行として舞妓さんになるようなものらしいです。

若き日から厳しい修行をしながら華やかな舞台に出るのは、どの道でも通じるところはあるのですが、
普通の人よりははるかに茨の道なのだなと。

最近の日本文化はどこまで「おもてなし」が出きる人がいるのだろうと気になるところです。
自分も舞妓さんや芸者さんの魂を少しは見習いたいなと反省しています。
できることから、こつこつと。「はんなり」とですね。

どういう思いで作品を作ってるか、展示するか

Posted by Miku Nagano 永野未来 on   0 

今日の勉強範囲「色彩心理」は終わり、ちょっと「太平洋戦争 その始まりと終焉」という本を世暇に読んでたところです。
韓国で日本のパラリンピックのデザインの問題が問われているので冷静に見守るべきだと考えるところですが…。

どういう思いでその作品を作ったのか、そして展示するか。
私も最近「私の想う御厨人窟」を三回違う場所で展示して、呼ばれて出したというのもあったのですが、意図を明確にして出さないとなと今後のことも考えるわけです。
あの作品は二紀の神戸巡回展、個展、二紀独立出品者作品展に出したのですが、
一つはテーマの中に「二紀会に携わった作品」として展示を二回出させていただいた経緯があります。
もう一つ」個展で出したのは「水を描く。」という水のテーマとして展示した経緯。
二つの意味が重なって三つの展示で出しました。
つまり、何かを展示するということは「どういう意図で作品を作ったか」をテーゼに置いて出展しないと、
「単純に作りました、展示しました、何も考えてませんでした、配慮が足りなかったです」と思われても仕方ないわけです。

作品を展示するということは、ハイレベルになればなるほど「意味」を問われます。
日本人と韓国人のように考え方が全く違う人種もいる中で、「どういう思いで作品を作っているか、展示するか」は、重大なテーマの一つだと考えます。
私も自分の問題として気を付けたいところです。

夏休みと子どもたち

Posted by Miku Nagano 永野未来 on   0 

絵の話じゃないんですが。

夏休みを少しでも楽しめた子どもってどのぐらいいるのだろうと、ふと考えました。
私は宿題にひぃひぃしてたけど、親や仲間のお陰で楽しく過ごせたと思います。
私の親も、きっと祖父母がしっかり者だったので楽しかった思い出ってあるんだろうなと感じます。
祖父母、曾祖父母世代は…戦争中だったので、祖母の話を聞いても戦時中らしかったのでそれどころではなかったように思います。
それに祖母は父も居なくて肺炎に近い病気だったので、青春時代は壮絶だったと思います。

そんな祖母が時々言うんですよね。
「戦時中はみんなに助けてもらえた。私は幸せ者だった。」

祖母の性格もあるでしょうが、祖母は尊敬しています。
それに比べて自分が大人になってから、我々大人が子ども化しているように感じたりもします。
(全員がってわけじゃないですが)

何かに勝つとか負けるとか、評価されるとかされないとか、そんなことで悩んでる暇なんて本当はないのではないか。
自分に与えられた課題にしっかり向き合うべきではないか。
身体も労るべきでないか。流行に踊らされてないか。
人として大切なものを見落としてないか。
自分が幸せ者であるにも関わらず不幸に酔ってないか。

吉田拓郎の「夏休み」とさだまさしの「防人の詩」を聴いてるんですが、夏休みを楽しめた幸せな子どもはどのぐらいいるんだろうか。