Miku Nagano 永野未来 ブログ(公式)
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絵画制作しています。推薦環境はPC。I am making paintings. Recommended environment is PC.

写真とデッサンと絵画

Posted by Miku Nagano 永野未来 on   0 

私は現場に行って感動してからそれを写真に撮って、それから絵を制作するパターンを高校時代からやってます。
(高校時代はそれが何を意味するのかはさっぱりわかりませんでした、ただやりたいことをやってました。)
同時に高校の時はデッサンが必須だったので、デッサンと同時並行して制作を進めていました。
このやり方は間違いではなかったと思ってます。

大学時代も一応デッサンの講義を受けてデッサンしながら絵画制作と課題を同時並行してたのですが、二年になったとき哲学の授業も入り、ダダイズムのことを一人で研究しているうちに躁鬱になってしまい自主退学しました。
あの時は学校行くにも身体が動かないうえ、大切な人の弟が自殺したり、東日本大震災があり大学どころじゃありませんでした。
今もそのトラウマで病気は続いてるのですが大分マシになりました。

高知に帰った後、スペイン学んだ画家の絵画サークルのチラシを見て、興味本位で習ったら結構シビアでした。
一年ぐらい西洋デッサンの基礎を習ってから、写真を見ながらデッサンする方向に移って、もうこれで潮時かなと思って自主的にやめました。

そのあと高知美術研究会に一時期入って、絵画研究を素人と県展無鑑査の方などをお呼びして、今度は絵画研究に力を注ぎました。公募展にガンガン出すことでいろんな人の意見を参考にしながら絵画について勉強していきました。

高知県展をしていくうちに高知県展以外にも東京の二紀展にも展示している方から、「お前そのぐらいだったら東京も出してみ」
と言われて去年頑張って、一応選外佳作という形で一般参加しました。ここでも貴重なアドバイスを受けて良かったです。

そのあと自主的に貸しギャラリーを借りて個展を開催。
全部現地に行った後写真を撮って、その写真からイメージを膨らませた絵画を15点ぐらい展示。
いろんな方が来てくださったことに感謝しつつも、頑張りすぎて疲労。

ということで今は昔と比べてほぼ休止というわけです。


写真を使うなと言われ続けたことも多々あったのですが、写真家さんと交流することによって分かったのが
「写真では見逃してしまう瞬間のものを画家は描いているのではないか」ということでした。
写真を使って絵画を描くことは、写真はあくまでツールにすぎず、そこにあった見逃してはいけないものを絵画として描くことに意味があるのだと私は考えてます。
現場主義も勿論表現方法の一つですが、現場には現場の限界がある。それを私は写真を通じて見逃したらいけない何かを探ろうと思って制作しています。
(例えば現場だと足元が危ないところではキャンバスを置けない、ましてや海の中まで潜ってキャンバスを持って制作することは不可能なので、どうしても静物画や人物画、風景画で自分の枠でしか制作できなくなる恐れもある)。
そこで必要なのは、形に捕らわれない想像力もあると思うのです。

何気なく高校時代から制作していた形が、30近くになっても変わらないでいるって飽きないのかなと自分でも思いますが、一つの使命感として大事にとらえておきたいところです。

あえて…

Posted by Miku Nagano 永野未来 on   0 

暫くはあえて絵を描かないでいろって決めてるのですが、やっぱり日ごろやってたことをやらなくなるとイライラは積もる。
GWなので昼間からビールを飲んでるんですが(高知の人はそういう人も多いです)、まあ自堕落な生き方も今しかできないかもしれないので、自堕落を横臥する一日も悪くないかと。
本来真面目なんですが、真面目にやっても意味のないことなんて世の中では沢山あるので、あえて不真面目に生きてみるのもいいかなと。
今は許されている期間なので。

やっぱり心の声を無視したらダメだなーと思います。
「こういうことがしたい」「こういうことは死んでもやりたくない」
そういう「今」を大切にしなかったら、結局錆ついた人間になってしまう。

人のことを気にする生き方より、人に迷惑かけない程度で自分のことをしたい。
そういう人生ってすごく大事だと思います。


そういやネット検索して、「なんでバンドマンはやめてしまうのか」を探し回ってました。
「音楽性の違いというのは建前でしかなく、どうしようもない人間関係や飽きと金のなさと現実が見えてしまってやめた」
という記事を見たとき、私も危機感が生じたものです。
本当に長続きしてるバンドは、もっとヤバイこともたくさんありながら、上のようなどうしようもない理由以上のものを抱えながらも続けてるという。
その記事たちにあった言葉は「あの時なぜ休まなかったんだろう…」でした。
変なリアルさと危機感を感じてしまいました。

なんでバンドマンはやめる理由をあえて探した理由は、私の好きなバンドが解散したものってそういやなんで解散してしまったんだろうと悲しくなったからです(大体ビーング系なんですが)。
確かにあの時代に売れそうな、人が好きな曲を売ってたけど、その背景ってシビアだったんだろうなと思います。
今残っているビーング系の人って、あの頃と比べて何グループいるんだろう…流行り廃りってこういうものなんだろうな。

これって画家にも同じことが言える気がするんですよね。
特にツイッター見てた時に感じたことは「画家の妙にポジティブさを掲げながら言い表せない焦り。」
議論しあって「私は頑張っていきます!」とでも言わないと気が済まないんじゃないかという妙な承認欲求。
とりあえずツイッターでファンを作って置かないと売れないんじゃないかという消息感。
私より全然活動されてる人ですらそれなので、結構業界自体が今やばそうだなという印象を受けて、ツイッターやめました。
(あ、これ画家だけじゃなくてツイッターで購入層をターゲットにしている人は、全国版で有名人でない限りほぼそんな感じです。)
あの妙なギスギスして余裕のない感じは何だろう…。
ちなみにいくら東京ですごいと言われても、県外行くと「誰それ?」ぐらいの人は山ほどいますからね。
ツイッターで有名人気取ることはバカバカしいので私はパスです。
簡単なツールを使う以上に地道にやっていかないと意味のないことだってある。
高知では流石に野田弘志さんのことは個展やってる時も話になりましたね…。本当の画家ってそういう感じの人なのかもしれない。

私も習ってた画家さんに昔「長期続けていくにはなんたらかんたら(忘れた)…」と言われていましたが、
「一週間に一回絵を描くだけでいい」ぐらいのことは言われてましたね。
つまり、熱中したら長続きなんてしないということです。

世の中の「ひきこもってはいけない」「昼間から酒を飲んではいけない」つまり「こうしてはいけない」
そういうものは画家を目指すなら少し型破りでもいいんだろうなと思います。
人に迷惑かけるほど型破りだと画家同士に嫌われてしまいますがね~そういう作家さんも高知で見てきました。私は嫌いじゃないですが。(基本的にアーティスト同士でいがみ合うこどの気力は私にはありません、余程迷惑なことをされたら別ですが)

長く続けることの難しさを感じるこの頃です。
まあ、GWで昼間から飲むビールはおいしいです。

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