お礼状を書き終えて一安心。 - Miku Nagano 永野未来 ブログ(公式)
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お礼状を書き終えて一安心。

Posted by Miku Nagano 永野未来 on   0 

個展のお礼状を書き終えて少し一安心。
大体一週間で70人弱来た計算で60人ぐらいのお礼状を書いたのですが、
交通も不便な中平日を含め思ったより多くの人が来てくださったことに感謝をこめて書き終えました。
これで何とか一区切りできました。夕方には郵便局へ送りに行きます。


潰れてしまいそうでしたが人々の助けも沢山あったので、一度全て清算して暫く休む形で絵のことは考えたいと思います。
その間自分が興味を持っていた画家について考えていました。

まずはW・ターナー。
「私はそれが何であるかわかってもらうために描いたのではない。そういった光景がどのように見えるか示そうと思って描いたのだ。」―『J・M・W・ターナー/ミヒャエル・ボッケンミュール』
大学時代に画集を買ってこの意味がイマイチ理解できなかったのですがとても惹かれていた言葉だったのでわからないまま制作しつつ残していました。
今なら何故ターナーが画風を変えたかわからなくもないです。
最終的に自分独自の表現方法に行きついた結果なのではないかなと感じます。
既に亡くなられている方なので、本当かどうかは聞きに行くことすら不可能ですが。

次は東山魁夷。
東山魁夷の言葉にも「白い馬が小さく出現したのは、心の平安を願う祈りであり、祈らねばならぬ心の状態であったとも考えられる」と分析している―と、『もっと知りたい東山魁夷の世界』という本に記載されていて、やばり東山魁夷も戦前戦後の間様々な苦しみを抱える中から見つけ出した答えが絵に反映されたのだと感じた。

一応最近横山大観の画集も買ってみたのですが、「維新当時の志士の如く自ら心血を灌出でそそいで明治美術の大成に貢献しなくてはならない」と激を飛ばした。『横山大鑑 ARTBOX』
と書かれてある通り、どこかで妥協せず自分の使命感で制作に向き合っていたのだとその言葉から感じた。

私は平成生まれなので、混沌とした社会の中からどこか人を癒せるような絵が描けたらいいという考えで絵を描いていたのですが、過去の画家たちも独自の考えに基づいて制作をしていると思うと励まされる気持ちです。

この三人の考えの中では一番時代が近い東山魁夷のような祈りであったり救いが絵画の中にはあるんじゃないかというのが私の考えに近いです。そこは日本画洋画問わず、どのジャンルにも通じる言葉のように感じて、巨匠はどうして巨匠と呼ばれるのか言葉一つ一つで感じる気がした。この言葉は誰かの言葉ではなく、自分の実体験の中からの答えなのでとてもすーっと入っていく。

私は絵が描けなくなってきて情けなくなって友達にメールをしたら「絵を描くと自己表現になるから癒されるよね。マイペースで無理しないでね。」と声を掛けられ、いい友達を持っていて本当に救われた。
高知大学で写真を教えていた写真家さんにも励まされたし、自分の実体験の中で言えることは、創作活動は救いであり祈りであり、助け合いだと思う。一時期殺伐とした作家さんたちに絡まれて自分は画家失格なのかと考えたこともあったのですが、これからは自分の実体験を信じて進もうと思います。

県展や二紀展は大作に挑まなければいけないので、そのためにも今は本当に休息を取りますね。

Miku Nagano 永野未来

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